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2013年6月26日水曜日

西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を

@北九州芸術劇場 5月4日

ブラックでシュールなコメディ。これに尽きる。

シティボーイズを生で見たのは初めて。
なんとなく行きそびれていたが
今回は作・演出 宮沢章夫さん。

若き頃テレビで見て衝撃をうけたラジカルガジベリビンバシステムのオリジナルメンバー。
ようやく生で見ることができた。

すべてにおいて異常な規制に縛られている今日、
もはや演劇でしか許されない表現なのではないか。
表現とはこのくらいピリピリしているものであってほしいと感じる。

門は何なのか。入口か、出口か。
門に入ることは始まりなのか終わりなのか
目の前の人々の行動は善なのか悪なのか
その判断はすべて観客にゆだねられ
笑いながらもキツイ裏に隠されたメッセージ

さすがの貫禄なのです

斎木さんはおもしろいなーーー
きたろうさんは天然だなーーー

もう一度観たい
何度でも観たいよ








2013年4月21日日曜日

マシーン日記 

遅れたが忘れぬように書く。

4月21日 北九州芸術劇場

以前映像では見たマシーン日記。
片桐はいりと阿部サダヲの演技がすごく、
あれを超えられるのかと思っていた。

峯村さんは超えるというよりまったく違うマシーンだった。
色気と強さにあふれていたよ。

女性2人の演技がすごい。

男性はうーん、、正直オリジナルを超えきれぬものがあった。

お話的には
なんだかこんな家族は
きっと日本にたくさんあるのだろう

監禁されてる人って
いったい何人いるんだろうな
と思いながら見ていた。

普通に生活しているようで
実はみんな狂気とすれすれに生きている
ある日自分がマシーンになるかも
オズになるかもしれないのだ



2012年8月13日月曜日

ハイバイ ポンポン お前の自意識に小刻みに振りたくなるんだ ポンポン

@北九州芸術劇場

初期の作品らしいですが、
古さまったく感じず。
いつもの後味の悪さはほとんどなく、すっきり楽しめた。

ごろーちゃん(荒川さん)ときんちゃん(平原さん)がとにかく愛おしい。
こどもは大人の世界をものすごく敏感に感じ取り、
悩みながらも正直に、そしてやさしく感情を出していく。
かけひきとか見栄とか卑怯さがない。純粋です。
そして大人はいろいろ卑怯。


ごろちゃんほんっとにいい子で。
お父さんとの食事のシーンの行儀のよさとか
裏でうわーんと泣いちゃうとことか、
もううりうりしたくなる。
びみょーな心の変化が表情や動きで伝わってきます。

そしてきんちゃんもごろちゃんが大好きだってことが
ラストシーンで伝わってきます。

ハイバイ、岩井さんはもはや鉄板のおもしろさになってきた。

映画も作って欲しいな。

2012年7月11日水曜日

タタタタタタタ

正式には
タタタ
タタタ
タ☆

康本雅子さんとテニスコーツ。
おそらくほとんど即興のダンスとライブ。

なぜここで。。。というように遠かった
門司の甲宗八幡神社。


行ってよかった。
この一言に尽きます。

本殿の中の神楽の舞台で
3人が歌うし奏でるし踊る。
めずらしく晴れた7月7日。
夕日から宵にかわる時間の流れを光で感じ、
こどもたちもやさしく参加し。
神社というのはこんなにも
踊りと音楽が似合う場所なのかと感動する。
即興ながら、神々しさも感じられ。

さいごはハメルーンの笛吹きのように
みんなを外に連れ出して。

外は心地よいたそがれどき。能舞台をかこんで
盆踊りさながらみんなでダンス!

音にあわせて体を動かすのって楽しい。
小さい子供が音にあわせてふんふん体を揺らすような
無邪気な気持ちになれたのは
康本雅子さんとテニスコーツの人柄あふれるステージと
品格ありつつ心地よいあの場所があってからこそかと。

あの空間でしかありえなかった
すばらしい1時間でした。

ほんとうによい七夕だった。
帰り道には星空。
願いも叶う気がしました。


ほんとは遊びに行く余裕なんてないんだけど、
今回あえて我慢しないようにしています。

あそびをせんとやうまれけむ。

言い訳ではない。


タタタタタタタ。 タが七つ、、、、

七夕やん。 意外とベタ。




2012年6月7日木曜日

百年の秘密

@北九州藝術劇場

半年前のノーアートノーライフとは真逆の、オンナの感じ満載のお話。

少女から女性へとうつりかわる、ティルダとコナのふたりと
それにまつわる人たちの話。

誰にも言えない、誰も知らない秘密の話。
庭の楡の木だけがすべてを知ってる。


こどもの残酷さと無邪気さが生み出す運命。
ちょっとしたきっかけで歪んでいく関係性。
離れて、繋がって、また離れて、また繋がる人と人。



未来を知った後に見る
過去のはちきれんばかりの夢と希望にあふれた時間が
たまらなくせつなく見えた。



物語の中には語られていない時間の中にも
さまざまな喜びや悲しみや裏切りや怒りや驚きがあるのがみえて。
愛されたい人に愛されなかったり
夢は叶わなかったり
つかのまの幸せがあったり。

それらすべてを経験して

彼女と彼女は見つめ合って笑いあう。

「あなたが笑うから、私も笑う」

ティルダとコナの間には
女と女の間にのみ可能な深い愛があるように思えた。


いいお話だったなあ。
毎度のことながら映像も効果的で美しい。

ケラさんのつぶやきを見ている限り、ぎりっぎりにしか完成しない話で、
あれだけのものが作り出せるのは毎回感動するのですが、

今回戯曲を購入して読んでみて、ちょっとわかった気がします。
とても緻密な文章で書き上げられている戯曲でした。

また次が、楽しみでしかたないナイロン100℃。









2012年5月10日木曜日

シレンとラギ

@梅田芸術劇場

2列目真ん中。

と思ってたら、1列目がない。

ということで
はじめての新感線が最前列ど真ん中。

はるばる来た甲斐があったというものです。
さすがのプロのエンターテイメント。ほんとに娯楽です。

藤原竜也、永作博美、劇団新感線、一度は生で観たいと思っていた方々。

みなさま期待以上のすばらしさ。目線、指先まで堪能できました。

観ると納得の配役。
というか、ここまで配役のイメージがあると、
まったく別の配役でこのお話を作るとどうなるのかなと思ったりします。
そう思うほど、それぞれの客演の方の過去の作品と重なる感じでした。
三宅さんの「虫」もノーアートノーライフと重なる。
そのへんはファンサービスでもあるのかしら??

しかしさすがの新感線。
お話自体は暗め。最後は少し今の日本を思わせる。
でも笑えるように作ってある。特に古田さんと橋本さんのからみ。
殺陣もすごい。

三宅さんの身体能力特にすごい。

そして高橋克実さんすごい。悪人役があんなにうまい方とは思いませんでした。
最前列で下からライト照らされると怖かった。。。

ほんとの意味での現代の歌舞伎だと思います。
作る側も、観る側も真剣に楽しめる娯楽。

一度鶴屋南北の戯曲を脚色しなおして、現代版にした
歌舞伎の新感線を観て見たいなあと思うのです。

あれ?実はもうあるのかな?よくわかんないけど。

きっと4代鶴屋南北も化けてステージに出てくるくらい
喜ぶんじゃないかなと思うのです。

ていうかすでに毎回観に来てるかも。
見えない1列目のど真ん中で。






2012年4月20日金曜日

ままごと あゆみ

イムズホール。なにもない舞台。

席に着き、開演数分前、ふと顔をあげると
リネンのワンピースと赤い靴の女子たち8人。
彼女たちがひとりのあゆみとあゆみのまわりのひとを演じる。

16本の足のはじめのいっぽからさいごのいっぽまで。
台詞は言葉になり音になりリズムになっていく。

なんでもない、ふつうの、女の子の一生。
だからそこには飛びぬけたエピソードもドラマもない。
だけどそこには自分も感じた記憶のある喜びやどきどきや悲しみがあふれてる。

いつのまにか泣いてました。
あまりにもせつなくて愛おしくて。


女の子はやがておばあちゃんになり、
(たぶん)彼女の中でやりなおしたかったふたつの記憶をやりなおす。
どちらも、伝えられなくて後悔していた、伝えたかった言葉を伝える。

伝えるけど、あゆみのあゆみは変わらない。
来た道も、行く道も変わらない。
変わったのは伝えたというきもち。

そしてさいごのいっぽを迎える。


ままごとは去年の「わが星」でも泣いた。
ここちよいリズムに包まれた
日常のことばに潜む愛おしさと切なさ。


いま一番すきな劇団かもしれない。






2012年4月17日火曜日

サンプル 自慢の息子

北九州芸術劇場。


先日の映画、ものすごくうるさくて・・・でも感じたこと。
どこまでが異常でどこまでが正常なのか。

登場人物はすべて異常に見える。
でも見方を変えれば純粋そのもの。
舞台の中に境界線がないように、
正常と異常の境界線も曖昧。
それぞれに純粋な愛情だけど、
社会や人との関係性の中で
愛情は異常になっていく。

ただ彼らの愛情は
すべてあまりにも一方的。
キャッチボールではなく
感情を投げつけあっているように見えた。

それだといつか相手を傷つけるし
跳ね返って自分も傷つくのかな。

こわくてボールを投げられないよりましなのかな。
どちらかというと自分は怖くて投げられないタイプ。

思い切っていろいろ投げてみたほうが楽なのかもな。
たとえ傷ついたとしても。

そんなことまで考えてみたり。

布を使った演出はおもしろかった。
ひっかかったり、もそもそなったりしてるとこもあって。
役者さん大変だわね。

しかしこの戯曲はどう書いてあるのか気になる。
あのシーンやあのシーンをどう文章で現しているのかなと。
読んでみたいが戯曲って高い。
機会があったら読もう。


2012年3月26日月曜日

ハイバイ ある女

西鉄ホール。ハイバイ。ある女。

不倫をするつもりも
売春をするつもりもなく

でもどっちもやっていたタカコの話。

そして傷ついてばかりいるようで
実は傷つけていたタカコの話。

男性である岩井さんが
女性の振る舞いをせず演じたのは
生々しさを避けるためだったのだろうか。
しかし後半では岩井さん演じるタカコが
いわゆる職場で噂になるフェロモン系タイプの女性に見えてきた。
岩井さんの独特の表現力に感心。


自分が受ける仕打ちはクールに受け止めるのに
自分が傷つけたと知った轟さんに対して泣きじゃくるタカコ。

イタイ女というよりは
正直で、強そうで弱い女。

ずるくて、弱そうで強い女がいわゆる勝ち組にのしあがっていくのだろう。
そんな状況を実生活でも目の当たりにした。




そう思ってしまう私も、イタイ女なのだろうな。

2012年2月15日水曜日

天竺徳兵衛新噺 鶴屋南北のおもしろさ

歌舞伎の話の続きです
今回の「天竺徳兵衛新噺 」、とにかく魅力的な話。


4代目鶴屋南北のあたり芝居らしいです。1804年の作品。
当時流行のいろんなお芝居のいいとこどりをしているのだと思います。
ヒーローもの、ラブストーリー、サスペンス、ホラー、トリック、コメディ
すべての要素が含まれています。(やりすぎな感もある)


この手の話の歌舞伎って、ルパン3世を思いおこします。
あと、現代のいのうえ歌舞伎。劇団新感線。
ほんと痛快。
で、
特に今回のお話は、当時の最先端の異国モノの表現がおもしろかったのです。


最初の船上での異国話はもちろんですが、(ここは現代風にアレンジしてありました)
妖術の呪文
「南無さったるまグンダリギャ、守護聖天、はらいそはらいそ」(はらいそはパラダイスの意味)とか。


あと木琴をつかったところとか。
木琴はこれをきっかけに木琴ブームも起きてる様子。

『天竺徳兵衛韓噺』における趣向の考察 -木琴を打つ座頭をめぐって- 
フルテキストのところで論文読めます。


いろいろ見てたら、観劇中にはわからなかった、
謎解きもわかってよけいすっきりしました。
巳年の彼女に手を出したから、妖術とけちゃったのですね。
歌舞伎をきっかけに、いろんなところへ意識が広がる。


そして新たに日本のおもしろさに気付くのです。


2012年2月12日日曜日

天竺徳兵衛新噺

博多座へ歌舞伎を観にいってきました。

めちゃくちゃ面白かった。半端ないです。

巨大な蛙はガメラか!とつっこみたくなりました。
幽霊は、足(ないけど)長っ!とつっこみたくなりました。
早替わりの演出はにんまりするしかけも面白く、
なにより亀治郎様のすばらしいサービス満点の演技。


面白くないわけがない。

衣装もすてきでした。さりげなく、極悪おとわの上着が蝙蝠柄なのがかっこよかった。


あと、三味線の独奏が素敵でした。
観た人はわかると思いますが、あれに足のせるんだっ。って思いました。





「歌舞伎に行く」というと、「解るの?」とか、「難しくない?」とか言われますが、
私は舞台芸術の中で歌舞伎はもっともエンターテイメント性の高いものだと思っています。

生演奏の歌と音楽、衣装、美術、アクション、とにかく客を楽しませる舞台演出、
時事ネタや役者のアドリブに至るまで
すべて入ってる。

シルクドソレイユの何百年も前から、こんな完成されたエンターテイメントがあるのです。


日本ってすごい!と思うのです。

そして

江戸時代って、快楽主義な時代だったのだろうなと。暇だったのかもね。









2012年1月31日火曜日

庭みたいなもの

庭みたいなもの @YCAM
見てきました。

うーーーん

今回は受け取れるものがなく。

だいたい1日くらいおいて考えると、
あれはこうだったのかな とか
いろんなシナプスが働くのですが、
今回、パフォーマーの台詞も動きも思い出せない。


客席へ行くまでの道のりと
舞台が崩れ、変化していく過程はおもしろかった。
カミイケタクヤさんの作品はほかにもいろいろ見てみたい。

うーん



素材(モノ)があって、
それをコトバと動きで表現するために
いろいろ考えて、味を加えすぎて、
素材そのものの味を失ったような


そんな印象を受けたのでした


わたくし的には
インスタレーションの中でのパフォーマンスとして、
その場でモノを選んでの即興とかで見たい気がしました。


山下さんの作品は初めて見ましたが、
今まではモノをほとんど使わず、少しの言葉と動きで表現してきたのだそう。
今回は新しい境地だったのでしょうか。
今までの作品を見てみたい気がしました。














2012年1月22日日曜日

サウダーヂ

今年初の映画はサウダーヂ。

最近のラップを使った映画や芝居は面白い。

悲しいかなラップが似合う国になったのかな、日本。

格差社会、貧困、人種差別。

20年前の賑わう商店街の幻想。
悲しきシャッター街。
いまこの国にいくつくらいあるのだろう。

そしてこの国はどうなるんだろう。

ニュースにすれば3面記事のような
すぐ近くで起こっていそうな事件を映す167分。

笑えない日本の話。







2011年12月31日土曜日

ロッキーホラーショー!

今年の締めはロッキーホラーショー。
初めてミュージカルが楽しいと思いました。
フルター氏、濃ゆい。
歌うまい。
皆さんさすがのエンターテイメントでした。
カーテンコールは総立ちでタイムワープ。
第九のおまけもつきました。
ローリー氏、ギター素敵!
あー、満足な締めでした。

2011年12月5日月曜日

ノーアートノーライフ

@北九州芸術劇場

見終わって、思い出したのはこれ。



アジア美術館第1回トリエンナーレ出品作家、マレーシアのパイマン(Nor Azizan Rahman Paiman)。
彼がパフォーマンスで配ったアイスクリームに書かれた言葉。

70年代のパリだけじゃない、いまも、いつも、いつまでたっても、
アートとはそういうものなのかも。


私は美術作家ではないけれど
いつもこの言葉を見て
自分は何が作りたいのかを考えさせられるのです。


ナイロンのお芝居、楽しく終了。
虫?? がツボでした。


あまりの毒気のなさにちょっと驚き。


いつもの「毒っぽさ」は、女のなせる業なのか。

2011年10月3日月曜日

omoide in my head

警固公園
this is 向井秀徳 @mct
最高のライブでした。

この曲が生で聞けはしまいかと行ってみたのです
ふるさと
聞けた。嬉しかった。
そしてそのあとに omoide in my head。
脳内フラッシュバックです。
なにもしらずナンバーガールのライブを夜中の親不孝通りへ初めて観にいったとき
最初に聞いて鳥肌たった曲。 いまでも覚えております。
そのときは、歌詞はまったく聞き取れなかった。
ただただ演奏がとてつもなくかっこよかった。

今回、歌詞はしっくりと沁みいるように。
薄曇りの夕暮れの中に。



公園の上をなんども飛行機が飛んでいった。
まるで演出のように。

最近、まわりのひとが「いい」という音楽が
自分にしっくりこないことがあって、
なんかちょっと、感じ方が変わったのかしらんと思うことがあって。

でもこのライブに感動できたから、
それはそれでいいやと思えた。なんかわかりませんがそんな感じの2011年秋。


2011年9月19日月曜日

コンドルズ

@イムズホール。
ひさしぶりのコンドルズ。2007年以来なので、見てなかった期間の総集編を見る感じになった。

青田さんの踊っているときの笑顔がほんと楽しそうで大好きである。
鎌倉さんと藤田さんはどこへいこうとしているのかと思う。
藤田さんのシルエットはほんと美しいなーと思う。
平原氏のダンスに目を見張る。かっこいい。
謙ちゃんはやっぱりおもしろいと思う。
人形劇、ことのほかおもしろかった。
ほかいろいろ。楽しかった。元気でた。

終演後のロビーで謙ちゃんと握手。
ひさしぶりにきました というと、
かわってないでしょ と謙ちゃん。

そうそう、かわってないから、楽しかった&嬉しかったのです。

厳密にいうと、変化はしている。人も、スタイルも。
でも根本は変わらず。変わらないために改良されてるとでもいうか。
そこが、ほんっと、すごいなーと。
行ってよかった。

そして近藤さんはやはり変わらず番長な風格なのでした。

ロビーで謙ちゃんといっしょに写真も撮ってもらう。
自分があまりにも満面の笑みでちょっとひいた。

2011年9月7日水曜日

クレイジーハニー

@ももちパレス

人と人との繋がりはなんとも残酷なもので。
結局他人と他人なので。

おもいきり相手を傷つけてるファン達。自覚は微塵もない。
ひとりでは何もできない者も、群れてさえずると強い。
思いやっているようで、自分の欲や感情を押し付け。一方的で暴力的な「優しさ」。
おちぶれていく作家を見守っているようで
実はその末路を楽しんでいるようでもあり

そして傍観者は他人の不幸をおもしろがり、金儲けのネタにする。

人と繋がるのを拒み、すべてぶちきったとたんに現れる孤独。
そうなると、だれでもいいから繋がりを求め。

全員が自己中心的、身勝手で嫌な奴。
そんな中に共感を覚える一瞬がある。
ほんの少しのきっかけで自分もそうなってしまうかも。


まきちゃんの言っていた、
「まわりはみんな自殺、薬物、獄中死」
会場からは笑いがおきたが、笑えなかった。
ここはほんとのことなのではと思った。

先日読んだ「神の棄てた裸体」の中にもあったが、
若い頃「蝶」ともてはやされても、老いた彼女達の行く末は「土」。
いやというほどそれを見てきたまきちゃんが選んだ結末。
なにも聞きたくないし、なにも見たくない。
でもやっぱり繋がりたいから、戻ってきたのか。
わたしにはそこがとても痛かった。
しかしこれも私の勝手な思い込みにすぎない。

余談ですが
ももちパレス、談話室の椅子がかっこいい。
70年代のknollかなあ。欲しい。

2011年8月12日金曜日

荒野に立つ 

@イムズホール
阿佐ヶ谷スパイダース

みなさんの声がよくて聞きほれる。
冒頭、椅子にすわるシーンが一枚の絵のように美しかった。


見終わった直後はわからなかった世界。
徐々に糸が解けるように解釈していくのは
前回の作品と同じで。

なんとなく、自分なりに、みえてきた気がする。

いつのまにかすりかわっていく「探し物」と「人物」
目的をしっかり持つことが重要。
不可解なものには関わらないように。
でもあまりそれを意識しすぎても、
目の前に現れた大切なものをつかみ損ねる。

人にはそれぞれある闇や虚無。
追いかけたい衝動と、逃げ出したい衝動。
自分の軸がぶれることもある。
迷ったときは立ち止まり、周囲を見渡し、
いま、この場所を意識する。
そうすると、目的がむこうから見えてくることもある。

そんな感じだろうか。

彼女の目玉は、希望の光か。



2011年7月26日火曜日

Bye bye broadcasting

2011年7月24日正午。@渋谷www。
Braun tube jazz band
ブラウン管テレビを楽器にして演奏するのです。
一度生で見てみたかったのです。
見れた。まさかのタイミング。
(実は国内初のソロパフォーマンスだったらしい)

アナログ放送はドーモ君のバイバイであっさり終了。
それから始まったパフォーマンスは見ごたえのあるものでした。
意外と静かな感じの音も良く。ベースをあわせたアンサンブルも好きでした。

相当体に悪影響な状況での演奏だろうし、
ステージ上でのトラブルも満載だったみたい。

みんなが大好きだった魔法の箱は、
あっというまに邪魔者扱い。
機材を揃える過程でも、そんな複雑な思いをしたご様子。

それでも演奏している和田栄氏の表情が楽しそうで。
最後の黙祷もなんともいえず愛おしく。
音だけでなくビジュアルや演出も楽しめた。
なによりこれを思いつき、カタチにしたことが本当にすごいと思う。
そしてこのタイミング。

ただなにげなくこの日本で生活していると、
ブラウン管とアナログ電波はもう過去のものに思えてしまうけど
それってどこかの大人の都合なだけで、
ほんとうは今でも生きてる偉大な発明のひとつであるということ

考えさせられました。

行ってよかった。

福岡・キャナルのナムジュンパイクの作品の下で
このパフォーマンスを見てみたい。
パイク作品さえも時代の流れに負けて消えてしまう前に。

しかし本当に体に悪そうなパフォーマンス。
体調くれぐれも気をつけていただきたいものです。
また見たいけど。